面取 カップ (01)白備前

サイズ 約  径 9.2 cm × 高さ 9.4 cm

◎玄明のひとりごと

≪ 神仏(創造主)の有無?≫

白紙の上に対立する意見をのせて考える
    有る        分からない      無い

現実   ◎○△        ?        △○◎
 
事実
・証明不可能             ・証明不可能
・証明しようとした人は多い      ・証明しようとした人を知らない
・宗教家の存在            ・無神論者の存在
・生命体にも遺伝子という設計図が   ・地上の混沌とした現状や多くの人々の   
あるということは設計者が居るということ 不幸がそのままになっている現状がある  
・生命の存続や宇宙の存在の中に     
奇跡の連続を思わせる事象が在る              

  こちらが真実なら             こちらが真実なら
・心の中まで観られている可能性があり    ・それぞれの正しさが中心となり 
 隠し事は出来ないことになる          それぞれの個性に対して
・「正直は一生の宝」ということわざが成り立つ   文句を言われる筋合いは無い      
・神仏の願いがどこに有るのか         ・宗教は、金儲けの手段であり
 正しき心の探究が不可欠となる         心の弱いモノたちの避難所でしかない

どちらの意見にしろ、現実は、正解としては、わからない、?が正解です
そのように信じているだけだということ

しかし、真理は一つ

この前提条件を見間違えると人生観にも大きな影響を与え
あらゆることに間違った判断をしてしまう事になるでしょう

私自身はどうかというと
「あの世」に関しても「神(創造主)」の存在に関しても
有るという事を信じている

その理由は、小さい頃から不思議な体験をしている事
陶芸を通じても思わなければ何も始まらない事実
私以上に不思議体験の中に居る友人知人のこと

そして、色んな犯罪や色んな不幸を創り出している人達の認識はどうかと考えると
どう考えても死後の世界にしても神仏にしても「無い」という考えの人達です
考えたことも無いのかもしれません

ただ、宗教者という人達であっても
神を自分を観るように小さな存在と観ている傾向が有る
「宗教」を頼る、救いを得るというように
自分を中心にして観すぎている傾向が有る

確かに「救い」は有るのかもしれない

しかし、その前提には「神の願い」がある
陶芸でも創造には何らかの願いが込められている
その神の願いが一部の信じている人達のみに限定されるようなそんな小さな願いで有るはずも無い
信じる者達だけに恩恵を与えるというようなものでもない

道を踏み外している子や孫の事が気にならない親が居ないように
究極の神は、悪人にも善人にも
その「愛」の念いは降り注がれているはずだ

陰陽両面を観ずして
両目を開けることなく
正しく世界を観ているとは言えないだろう

¥ 3,800

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